三又城
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所在地 | 湯沢市駒形町字三又 |
様式 | 平山城 |
築城年代 | |
落城・廃城 | |
築城者 | |
主要城主 | 小笠原義冬 |
遺構 | 曲輪 土塁 空堀 土橋 |
おススメ度 |
<歴史・概要> 丘陵中央部を東西に空掘で二分する。空掘中央部に土橋が認められる。主郭は南部に推定され80m四方の平坦部で三又三宝荒神社を祭る。長禄年間に城主の小笠原義冬は小野寺氏の北進により仙北郡楢岡に移ったらしい。 |
<三又城主小笠原義冬> 貞治年間(1362〜1367年)に甲斐国(山梨県)一の宮から来て三又満福寺にて写経したと言う(大般若波羅蜜多経六百巻中四八七巻が現存)。この写経の二七六巻の最後に「貞治二年八月何日山北於三俣萬福寺書取筆源朝臣小笠原信濃次郎義冬」とあることから小笠原義冬が三又城に居住したのは明らかとされている。 |
三又城跡は三又神社となっています。 |
主郭と推定される丘陵頂部南側。 |
東西に渡る土塁。 |
土塁と平行して空掘が設けられています。 |
空掘には土橋が掛けられています。 |
三又城跡遠景。 |