大舘城
|
所在地 | 秋田県湯沢市川連町字大舘 |
様式 | 平城 |
築城年代 | 建久年中(1190〜1199年)? |
落城・廃城 | |
築城者 | 土井(土肥)三郎? 小野寺道矩? |
主要城主 | 土井(土肥)三郎? 小野寺道矩? |
遺構 | 隅櫓?(神明社) |
おススメ度 |
<歴史・概要> 「雄勝郡村誌巻二」(明治十八年)に「大舘城址、平地東西二町十間(約220m)、南北三町(約330m)村の中央大舘に在り、建久年中土井三郎居城。今は耕地となり堀跡今に現存す」とあり、また「雄勝郡郷土史料(昭和三年)には「大舘城址、現在の大舘集落の大部分を占めて居る広大な箇所で、先年まで御堀があったが、今は埋められて畑や宅地になって居る。御角櫓と称されて居る小高い所が二ヶ所ある」とある。 築城に関しては土井三郎とする伝承や享保二十年(1735年)による大舘故城やそれ以前に記録したと思われる「大舘村創村事由」には小野寺道矩とする説などがあり定かではない。大舘字城面、屋布前の地名が残る。 |
古四王神社があったとされる場所。古四王神社の創建については定かではありませんが土井三郎が康永元年(1342年)に祀ったといわれています。 また大舘城はこの付近を中心に築かれたとも。 |
日吉神社境内。「日吉神社縁起」には「元仁年中(1224〜1225年)大舘日吉神社を川連小野寺氏の氏神として出羽大泉より移す」とあります。 |
明治の記録にはこの付近に丑寅(北東)隅櫓があったとされます。また裏門(搦め手)があったとも聞いたことがあります。 |
辰巳(南東)の隅櫓があったとされる神明社。神社のある高台は遺構なのでしょうか・・・ |
大舘字城面地区 |
大舘字屋布前地区 |
大舘地区は漆器製造が盛んです(川連漆器)。 大舘城主小野寺道矩が家臣に内職として武具に漆を塗らせたのが始まりと言われており本格的に漆器産業が始まったのは17世紀中頃、元和(1615年)から元禄にかけてで、川連村を中心に約26戸が椀師稼業を営んだとの記録が残っています。 文化12年(1815年)、藩の許可を得て朱塗りの漆器をつくり販路を他国にひらき、江戸時代後期には藩の保護政策のもとに、椀、膳、重箱など幅広い漆器がつくられるようになり、沈金、蒔絵などの飾が加わり基盤をさらに大きく築きあげていきました。 |
大舘地区は小路が入り組んでいます。城があったからだと聞いたことがあります。 |