手倉館
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所在地 | 東成瀬村椿川字後山 |
様式 | 平山城 |
築城年代 | |
落城・廃城 | |
築城者 | |
主要城主 | 手倉国平 |
遺構 | 曲輪・土塁・空堀 |
おススメ度 | ? |
<歴史・概要> 手倉三郎国平の館跡で約300uの台地であり館の周囲を幅3m,深さ約2mの空堀を二重三重に囲み、大手門道路跡もみられ手が加えられることなく昔そのままの姿が残っている。 奥羽永慶軍記に「岩井川には岩井川兵部大輔、手倉には手倉国平、戸波平八、田子内には田子内治郎・小峯三河守等立て篭もる。慶長五年(1600年)十月、最上方、丹与左ェ門(金山城主)右三城を攻めんとして、三百余騎を率いて向かいけるが、防戦烈しく、田子内要害より悉く人勢を引き揚げる」とある。付近に寛浄院跡も見られる。(現地説明板) |
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4月第3週に訪問しましたがご覧のとおり残雪があり探索が出来ませんでした。雪が消えたら再度訪れてみます。 |
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GW期間中に再訪問しました。雪は消えたものの熊笹がぼうぼうです。藪が激しいために探索出来ませんでした。 東成瀬村には説明版を設置しているのなら少しは手入れをして欲しいものです。 |
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館の近くには藩境の番所が置かれていたようです。 慶長七年(1602年)佐竹氏の秋田転封まもなく設置されたようです。 |